サイエンスZERO「のど研究最前線!ヒトの“豊かな声”の秘密」 ― 2025-07-15

2025年7月15日 當山日出夫

サイエンスZERO のど研究最前線!ヒトの“豊かな声”の秘密

人間の言語について考えるとき、音声を基本に考えるというのは、構造主義言語学まで当たり前のことだったが、生成文法あたりから流れが変わってきている。人間における言語というものをどう考えるかはいろんな立場があるにせよ、音声によるコミュニケーションを、その本質と見なすことは、もはや主流ではなくなってきているといっていいだろうか。

陸上に住む動物が音声を発するようになったのは、肺魚からであること。人間の声帯をサルと比べると、人間の声の特徴がよく分かる、このあたりの話しは、なるほどと思って見ていた。

だが、この番組で、たぶん意図的にであろうが言っていなかったのは、その音声を聞く耳の発達であり、そして、それを脳でどう処理しているかということである。音が、なにがしかの意味を持つというのは、いったいどういうことなのだろうか、これこそ、おそらくは、人間にとっての言語の本質にかかわる問題だと思う。言語として意味があるということは、脳にとってどういうことなのであろうか。

人間の出せる音声(音の周波数の範囲)と、それを聞くことのできる耳の機能、これはワンセットで考えるべきことかと思う。ここで、人間とは違った進化をしたのが、コウモリということでいいだろうか。

さらに思ったことを書くと、聴覚情報処理障害(APD)という現象が、人間にはある。音声は聞こえているのだが(聴力としては問題がない)、それを言語として理解できないという状態である。

似たようなことだが、文字については、ディスレクシア、ということがある。文字が見えているのだが、それが文字として言語とのつながりがないという状態である。

こういうことを考えると、人間が音声を言語によるコミュニケーションの手段として使うようになって、まだ歴史がたっていない。脳の機能が(聴覚、視覚の情報の処理)が、十分に発達しきっていない、というように考えることもできるかもしれない。

動物が音声を出すようになり、耳を持つようになって、その動物にとって音のある還世界が誕生した、ということになるのだろうか。

2025年7月14日記

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